こんにちは。日本交通採用担当の齋藤です。
皆さま、秋になり少しずつ涼しくなってきましたね。
さて、今回は東住吉営業所の庄司義章さんにインタビューさせていただきました。
熱気あふれるインタビューとなりました!

50歳を迎えて、自分の人生、最後に好きな仕事をやりたいって思いましたね。

50歳を迎えて、自分の人生、最後に好きな仕事をやりたいって思いましたね。

―まず、転職をしようと思われたきっかけを教えてください。

高校卒業後、専門学校を出たのちに郵便局に就職しました。郵便局では最終的に管理職をやりましたね。でも、正直モチベーションはあまり高くなかったんです。僕は結局、現場でバリバリやりたい人間やったんですよ。現場で結果を出すことが楽しかったんですね。それで、転職を考えました。

―タクシードライバーになった理由は何だったんですか?

50歳を迎えて、自分の人生、最後に好きな仕事をやりたいって思ったんですよ。父が個人タクシードライバーをしていたので、それで元々タクシードライバーに興味があったんです。それで、営業所が近くにあったって理由で日本交通に電話しました。その時はコロナ渦だったので会社説明会はやってなかったんですけど、しばらくたってから採用担当の小林さんが電話をくれて、会社説明会に誘ってくれたんです。それで会社説明会に参加して、入社しました。

やってみて、タクシードライバーの仕事はすごいと思いました。

―実際に入社してみていかがでしたか?

タクシードライバーの仕事はすごいと思いました。お客様は初めてお乗りになるじゃないですか?でも、初対面の自分を信頼して命を預けてくださる。また、お金をお支払いいただいているにも関わらずお客様の方から「よろしくお願いします」とお言葉をいただけるのが嬉しいです。一期一会だって気持ちを忘れずに1人1人のお客様を大切にしています。

―日本交通はどんな会社でした?

手前味噌ですけど、日本交通はコンプライアンスがしっかりしている会社ですね。入って実感しました。「休憩を取ってくださいね」とか「安全運転に注意してくださいね」とか、正直かなりうるさいな~と思うくらい気にしていただいています(笑)

―その良さを営業中に感じることはありますか?

お客様で日本交通を選んでくれる方がいらっしゃるんですよ。乗場に並んでいて、結構後ろの方に並んでるのに「日交さんの行灯が光って見えたよ」と乗り込んでくれたり。そんなことがちょくちょくあるんですよ。あとは、お客様の中に日本交通の歴史に詳しい方がいて、過去に災害の救助をしたことを教わったりもしました。代々、僕の知らない先輩からの積み重ねで今の日本交通があるんやな、って感じますね。

―大変なことはありましたか?

地理ですね。大阪の人間なんで、地理は知ってるもんやと思ってたんですけど、全然知らなかったですね。はじめは周防町(すおうまち)、道修町(どしょうまち)の読み方もわからなかったですもん。大阪の人間なのにね。しゅうぼうちょう、どうしゅうちょうって読んでしまい「お兄さん、プロのタクシードライバーやろ?」ってお客様から教えてもらったりして…初めの頃ですよ。

―地理はどうやって覚えられたんですか?

毎日のことやから覚えていきます。八幡(はちまん)、三津寺(みってら)、宗右衛(そうえもん)、毎日走ってたら覚えますよ。特別に覚えなあかんって感じではないですね。

今後も、ドライバーとして毎日を積み上げていきたい。

―今後の目標はありますか?

ドライバーとして現場でやっていたいです。5年先10年先というよりも今を楽しんでやってますね、今が充実してるんで。まずは毎日の積み重ねです。今はお客様が手を挙げてくれる、これを求めてやっていきたいです、出来るだけ長く。
売上でいうと、トップは常に狙ってますね。でも楽しくやってます。ワクワク感がありますね。ドライバーという仕事に誇りを持ってますね、父もドライバーで育ててくれたんで。仕事やってて楽しいですよ。